20歳で起業し、飲食店経営を独力で開始。アルバイト・中途採用者は採ってもすぐ辞める状態が続く中、新卒採用に踏み切り、数々の試行錯誤を経て、共感と理念共有を柱に従業員エンゲージメントを高め、社員、アルバイト合わせて千人体制を築きました。採用・定着の成功の秘訣を武長社長に聞きます。
<プロフィール>
1977年千葉県生まれ。1997年、千葉・市川市に有限会社ロイスカンパニー(資本金300万円)を設立。くいどころバー一家(現こだわりもん一家)本八幡店オープン。2000年、株式会社一家ダイニングプロジェクトに改組・改称。2012年、ブライダル施設The Place of Tokyoを東京・港区にオープンし、ブライダル事業参入。2017年、東京証券取引所マザーズ市場に上場。飲食店:直営46店、婚礼施設:1。従業員数220人、パート・アルバイト800人。売上高:約61億円(2018年3月現在)
新卒採用の前史――応募の電話が1件も鳴らない
――居酒屋を始めた当初、求人はどうしていましたか。
1997年に起業し、求人雑誌やインターネットの求人サイトで募集していました。ところが、電話を待っても1件も鳴りません。千葉県で無名の有限会社が居酒屋の求人をしても全然、来ないということです。
求人広告には、まず「アルバイト募集」とし、それに続けて「社員同時募集」と書き添えました。フリーターの子が来ると、社員にしようと一生懸命口説きました。そうでもしない限り、社員というものに出会えないのですから。店の経営で何がいちばん苦労したかといえば、とにかく人の採用です。
――やっと確保した社員は定着するのですか。
しません。彼らは「途中、会社を手伝ってくれた人」なのです。一生懸命育てても辞めてしまったり、レジの金を持って逃げてしまった社員もいました。
「寮あり」と募集広告に書けば応募してくると聞き、やってみたら、リュックを背負った子が面接に来るようになりました。うちの会社に寮があったわけではなく、その子のために部屋を借りるのです。でも採用して1か月しないうちに辞めてしまうものです。
中途採用は、面接に来るのはうちの会社を辞めたような方が多いです。やはり途中、会社を手伝って、ずっと次々回っているというケースで、市場にはたくさんいます。辞める可能性が高い。それと、ちょっとやりにくかったのは、ぼくが当時22、23歳で、中途採用者は全員年上だったこと。みなさん職人気質で、料理のことは口を出すなみたいな感じで、なかなか言うことを聞いてくれませんでした(笑)。
新卒採用を開始――学生に「夢」を語り、親に「花嫁修業」効果を説く
――そして、新卒を採ろうと決断したのですね。
有限会社から株式会社にした後、5店舗目オープンと並行して2002年春、新卒採用に着手しました。当時、年商5億円、社員数約20人で、僕は、アルバイト学生を一生懸命口説いて社員にしたのです。
店の3階が会社の事務所で、あるとき、会社説明会に1人しか来なく、急きょ、店のアルバイト学生2人にサクラになってもらったこともありました。
「うちの会社に入ったら、こんなことができるよ。ぼくにもできたんだから、君にもできるよ!」と、仕事への思い、ビジョンを語りました。そうやって一生懸命少ない学生を一人一人本気で口説きました。結果、説明会に来た1名の学生もサクラの学生アルバイト2人も、そろって社員になりました。
そのころのぼくには夢を語るくらいしかできませんでした。でも、会社説明会でぼくが直接、学生に夢を語ることは今に至る20年間、ずっと続けていて、経営理念として「お客様、関わる全ての人と喜びと感動を分かち合う。」「誇りの持てる『家族のような会社』であり続ける。」「夢を持ち、限りなき挑戦をしていく。」を掲げています。新しく入ってくる仲間たちと会社を成長させていく上で、理念の共有は欠かせないものなのです。
――大卒者の居酒屋への就職は、親御さんのハードルも高いのでは。
それはもう、とくに女子の採用では無茶苦茶高かったです。そのころは必ず、お父さんお母さんを店にご招待し、「うちの会社に下さい」とお願いしたものです。まるで嫁をもらうときに挨拶に行くのを毎回やっているような気持でした。
ある美大生を内定したところ、ご両親が娘さんの制作した作品を持ってきて、ぼくに見せながら、「こんなに才能豊かな娘を、なんで居酒屋に就職させなければいけないのか」と説教されました。それに対してぼくは、「うちはおもてなしを大切にしている会社です。目配り、気配り、心配りが身につきます。他の会社のデスクワークではコンピュータのスキルが身につくかもしれません。でも、うちの会社なら絶対にいいお嫁さんになれる、そんな人材に育てます」それしか言えませんでした。
おもてなしを通して目配り、気配り、心配りが身につき、一人ひとりの社員が人間として成長していくという基本的な考え方は、これも20年間、全く変わることはありません。
ホームページには「お店には細かい規則をつづったマニュアルなどありません! お客様の笑顔の為に、できることは何でもする!それが私達の唯一のマニュアルであり、会社の行動基準です。」と書き、創業当初の思いをより深めています。
会社説明会――理念への共感を得て内定に導くために
――現在は、説明会から内定まで、どのように進めていますか。
一家らしさを感じてもらえるよう、他社とはかなり違う説明会を実施しています。説明会は東京タワーの麓にある、うちのブライダル施設「ザ プレイス オブ トウキョウ」で行います。まず、その最寄り駅の地下鉄・赤羽橋駅を出ると、そこに社員が待っています。学生に道に迷わないようにと地図を渡します。会場に向かう坂の下にも社員が立っていて、声かけをします。そして会場の入口では、社長の私が出迎えます。
他社の場合、こうしたことは人事の若手社員の仕事だったりするので、何社もの会社説明会を経験してきた学生にとっては驚きでしょう。説明会が始まる前の時点で「あっ、ほかの会社と違う」と感じてくれるようです。ぼくらは「おもてなし日本一」をめざす会社ですから、説明会もまた飲食店やブライダルと目指すものは同じです。どうしたら感動してもらえるか、喜んでもらえるか、相手の立場になっておもてなしをしているのです。社員みんなと学生の立場に立ってアイデアを出し合い、「じゃあ、社長が入り口に立って、最初に学生に挨拶してください」みたいな感じです。
学生に体感してもらって、「私もこの会社に入って日本一のおもてなしを学べる人になりたい」と思うてくれる人を仲間として迎えたいのです。説明会の締めくくりには、人事から「当社は若い社員にチャンスを与え、幹部や社長はその引き立て役です。だからうちは説明会の誘導も幹部が率先して引き立て役をします」と伝えます。そうすることで当社の姿勢、社風を理解してくれると、一家のファンになる学生が増えていくのです。
人気業種と不人気業種、そのギャップへの対応
――ブライダルと飲食の2つ柱があり、「ブライダル、素敵!」と志望が偏りませんか。
ブライダルを手がけていることで、ネットで検索すればザ プレイス オブ トウキョウがヒットして、当社の認知度、注目度が上がりました。確かにブライダル事業は人気の高い業種です。2012年にブライダルを始めて最初の新卒採用で、エントリー数はそれまでの7倍にもなりました。その圧倒的多数がブライダル希望でした。現在も会社説明会に来る約8割はブライダルを目指している学生です。
当初、採用は飲食とブライダルとで分けて採用しようかとかなり迷いました。ブライダル希望の女子が居酒屋に配属されてはモチベーションが下がることが懸念されたからです。とはいえ、うちのブライダル施設は1か所のみで、将来計画も飲食中心であることには変わりません。
たどり着いた結論は、経営理念の「お客様、関わる全ての人と喜びと感動を分かち合う。」に立ち返ることでした。一生に一度のブライダルも会社帰りに寄る居酒屋でのひと時も根幹は同じ。日本一のおもてなし集団をめざす一家ダイニングプロジェクトを好きになってもらおうと考えたのです。
現在、説明会でも飲食中心に事業の説明をします。それで、がっかりするのであれば、他のブライダル会社を志望していただけばいいと思います。自分は何がしたかったんだろうと自問したとき、人を楽しませ、幸せなひと時を過ごしてもらいたい。それを喜びとするプロになりたい。そういう人に来てほしいと考えています。
――説明会で、学生は納得しますか?
説明会では会社の柱となる理念やビジョンを中心に話をし、そこで学生の心に響けば2次選考に来てもらいます。そして当社は本当にたくさんの社員と会ってもらいます。例えば店舗の見学会をこだわりもん一家・銀座店で行います。学生30人に社員5人ほどで、お互いにいろいろ質問したりします。何を聞き、何を答えるかも大事ですが、どういう受け答えをするかにお互いの人となりや仕事への姿勢が出てきます。また、社員の立ち居振る舞いや言葉の端々などからも社風も伝わるでしょう。
この人たちと、一緒に働きたい!」となれば、よきマッチングといえます。そんな選考過程を通じて学生たちは「何をやるか」よりも「誰とやるか」ということが大切だということに気付いてくれるのだと思います。
社風――学生の声に気づかされること
――社風は、最近の学生にとって会社選びの大きなポイントですね。
学生に、うちの社風が伝わるように、説明会でも店舗の見学会でもいろいろな社員が登場し、学生と接する機会を設けています。最終面接で学生にこんなことを言われました。
「いろいろな会社の人事担当者と話させてもらって、気づいたことがあります。他の会社では、『当社は、こういう福利厚生施設、制度が完備していて、とても社員を大切にしています』という話をいっぱい聞かされました。でも、一家ダイニングは全然違います」
そこで、どう違うのかと聞きてみました。
「社員が会社を大切にしようと思っている。そんな会社だと感じました」
とのことでした。その学生が会った社員たちが、
「一家ダイニングをこういう風にしていきたいんだ」
と嬉しそうに語るその様子から自分の会社を大切にしていることが伝わってきた。自分も、そう思える会社に入りたいとのことで、新しい仲間となりたいと言ってくれました。多様化している社会なので、いろいろな価値観があると思います。社風も、仮に同じ業種であっても会社によってずいぶんと違うと思います。大事なのは、「うちはこういう会社で、こういう価値観の人が多い会社だよ。」と自分たちらしさを明確に伝えることだと思います。
説明会に来た「学生というお客様」に、取り繕った、カッコつけた会社の姿を見せるのではなく、明日の仲間を迎え、ファンにする時間。そう捉えながら採用活動を行っています。
内定辞退率――その低さの理由
――人材の採用にあたって、外部の業者を使うことは、どのようなメリットがありますか。
飲食は不人気業種なので、採用のノウハウや関連する情報が得られるのは大いに助かります。うちの場合、いちばんよかったことは、ブライダルを始めるにあたって採用戦略の方向づけができたことです。
当初は、ブライダルだし、こういう風にかっこよくやろうとか、ブライダル志望者と飲食志望者を分けて説明会をやろうとか思ったのですが、絶対そんなことしないほうがいい、と強く勧められたことは正解でした。一家ダイニングという本当に大切にしていることをダイレクトに伝えれば、間違いなく学生に響くと言われ、確かに本質がしっかり伝わるようにしたほうがいいと、決断できたのです。自社として理念を謳っていることも、学生から見てどうなのか、どこが魅力なのか、外部者である専門家の率直なアドバイスを受けることは必要だと思います。